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2004インド洋津波

 

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ETW volunteers built funeral pyres for the 140 people who lost their lives to the tsunami in the area around ETW’s headquarters in Kerala.

On India’s west coast, 7,000 people were killed. Amma moved among the victims in ETW’s relief camps on both coasts, consoling the victims and identifying their immediate needs.

Many of the survivors had lost every member of their immediate family, along with their homes and possessions.

ETW volunteers from around the world flew in to help in the relief efforts.

Less than three weeks after the disaster, construction of nine shelters was complete — each equipped with electricity, ceiling fans, separate bathrooms, running water and TVs.

Eleven ambulances and teams of doctors and nurses rushed to the affected areas and set up multiple 24-hour medical centres on the east and west coasts of India. Over the following four months, 30,000 patients were treated in 100 camps.

A telemedicine center was set up at the ETW’s temporary shelters in Alappad Panchayat, connecting the doctors stationed there with AIMS Hospital in Cochin via satellite. ETW’s AIMS Hospital also performed major surgeries for 450 tsunami victims, including 15 cardiac operations.

Within days, Amma announced that Embracing the World was pledging to provide $23 million U.S.D. in aid for the tsunami victims in India. By the end of 2006, after two years of relief work, the actual cost of Embracing the World’s tsunami-relief work reached $46 million U.S.D.

On the day of the disaster, thousands of people, including the 20,000 people in Amma’s Ashram that day, were evacuated under Amma’s direct supervision.

For more than four months afterwards, ETW served 10,000 meals three times a day at relief camps and at 18 food counters in the tsunami-affected area on India’s west coast.

At the Nagapattinam relief camps in Tamil Nadu, 675,000 meals were prepared and served within a radius of 15 km.

In total, as part of its tsunami aid package, Embracing the World served more than 7.5 million meals throughout Tamil Nadu and Kerala.

In Kerala, ETW distributed the equivalent of $350,500 U.S.D. in cash to help 16,000 families to purchase cooking vessels.

ETW also distributed school supplies for students various educational aids, including 10,000 textbooks, 5,000 pens, compasses, rulers, dictionaries, and notebooks.

The core of ETW’s massive tsunami-relief project was the construction of 6,200 houses in the Indian states of Kerala, Tamil Nadu and in the Andaman & Nicobar Islands, as well as in Sri Lanka.

In both Tamil Nadu and in Kerala, ETW was the ?rst non-governmental organization to complete tsunami-relief houses according to government standards.

As of October 2008, all houses had been completed and distributed.

In many places, ETW built not just houses, but also roads, wells, schools, community halls and healthcare centers.

At a cost of $1 million U.S.D., Embracing the World distributed a total of 700 fishing boats, complete with engine, handle and propeller, and nets, to villagers who had lost theirs in the tsunami. Each boat supports 7 families.

Over 2,500 people received vocational training. According to their educational qualifications, they were trained to be teachers, nurses, paramedical assistants, electricians, security officers, drivers, masonry workers, carpenters, and mechanics.

During the training period, the students received a monthly stipend, as well as free food, uniforms, and accommodations. Upon successful completion of the training, Embracing the World helped each of them to find a job.

ETW conducted special training programs in yoga, English and Sanskrit for children from the tsunami-affected areas. More than 10,000 girls and boys underwent these courses.

Since the tsunami had left many children afraid of water, Amma personally took the children to the ashram’s swimming pool to help them overcome this fear.

one of the mothers who lost their children in the tsunami had previously undergone tubal-ligation as a form of permanent contraception. ETW offered such women the opportunity to undergo fallopian-tube recanalization to reverse their sterilization surgeries. As of October 2008, all six mothers had given birth, three of whom had twins.

After witnessing the overcrowded boats and the amount of time involved in two false “tsunami alerts” that took place in early 2005, Amma decided to build a bridge connecting the peninsula of Alappad Panchayat with mainland Kerala. The bridge provides a centralized escape route for 15,000 people to evacuate in 30 minutes should Alappad face another natural disaster.

For two years after the tsunami, For the next two years, under Amma’s careful guidance and supervision, ETW volunteers looked after every aspect of the victims’ needs — fulfilling not only basic needs but providing homes and infrastructure far superior to what they had lost; psychological counseling to help them get back on their feet; and vocational training so that they did not have depend for their livelihood on the unpredictable sea.

 

 

2004年、スマトラ島沖地震によって派生した津波は、インドの東海岸の広い範囲を襲い、タミルナドゥ州の海岸沿いでは7000人もの命が奪われました。

西海岸のケーララ州では、アンマのアムリタプーリ僧院とETWの本部がある半島を含む、沿岸20キロメートルが襲われ、近隣の村では140人が亡くなりました。

その日、数千人の人々が、アンマの僧院の居住者2万人を含む人々と一緒に、アンマの指示の下で避難しました。そして数時間後には、アンマのアムリタ大学は救援センターに早変わりしていました。生存者に食物、保護、衣類や治療を施しはじめたのです。

アンマの弟子である僧侶たちは、災害で家族を失った被災者のために、火葬による正式な葬儀を執り行いました。

この災害から数日のうちに、アンマは、インドの津波被災者への援助として2300万ドルの義援金を約束しました。

またそれとは別に、アンマがスリランカ大統領に会見した後、ETWはシンハリーとタミール地域へ、救済事業に充てる資金として68万ドルの支援をしました。

その後2年間にわたって、アンマの指示と監督の下で、ETWボランティアは、被災者たちのあらゆるニーズに対応しました。生活に関するものだけでなく、彼らが失った大切なものへのケアを行いました。生活の基盤となる家の提供、被害者が精神的に立ち直れるようにカウンセリグすること、そして、彼らの生計を安定させるための職業訓練などです。これは男女の区別なく行われました。そのため、今まで食べることだけで精いっぱいだった彼らに新しい未来が開かれました。

2年間に及ぶ救済活動の2006年末までに、ETWの津波-救済活動にかかった費用は4600万ドルに及びました。

救済センター
医療活動
750万杯の食事
衣服・その他必需品
津波公営団地-6,200世帯
心的外傷リハビリ
子供たち用の救済センター
l職業訓練と雇用の機会
漁師のための直接援助
財政援助
結婚式の補助
避難橋建設
グリーン・ショア・プロジェクト

救済センター

災害で、本部の建物が水深数フィート下に水没してしまったため、ETWは半島の反対側にあるアンマのアムリタ大学のキャンパスに3カ所の救済センターをつくりました。津波の後に4000人が最初の15日間、ここで避難生活を送りました。そのうちのおよそ2000人は滞在日数が4カ月間に及びました。

2005年1月13日には、9カ所の避難所の建設を終了しました。避難所には電気、天井扇風機、個室バスルーム、水道、テレビ等が備えらました。ケーララ州アラパッド、タミルナドゥ州サマン-サンペッタイでは、550世帯に避難所が用意されました。救済センターでは、ETWのボランティアたちがスポーツ競技、音楽、ダンス等、被災者たちが楽しめるプログラムを催して彼らを慰めました。また、救済センターは、アンダマンとニコバル諸島にも設置されました。さらに、一時的な避難所を造るために、ETWはケーララ州の州政府に5エーカーの土地を貸与しました。

医療活動

11台の救急車と、医師と看護師のチームは被災地に急行して、インドの東西の海岸で24時間の医療センターを複数準備しました。まず最初に2時間おきに各々の救済キャンプを訪問し、また救急チームは現場で集中治療を行いました。

医療チームは、4カ月にわたって津波の被災地を巡回しました。ケーララ州とタミルナドゥ州を合わせてほぼ100カ所にあるセンターでは、3万人以上の人が治療されました。アラパド?パンチャヤットには一時的な避難所が建てられ、そこは遠隔医療センターとして機能しました。衛星を通してコーチンにあるETWのエイムズ総合病院とつながり、エイムズに勤務する医師の治療を受けられたのです。エイムズ総合病院は、被災者に対して15人の心臓手術を含む合計450人の大手術を行いました。

また眼科センターを20カ所に準備して115人に白内障手術を施し、津波で眼鏡を失った人々に400個の眼鏡を配りました。

被災者の中には妊娠中の女性もいました。また出産もありました。16人の女性が出産し、ETWはその介助を行いました。

津波で子供を失った母親の何人かは、永久避妊として卵管結紮を受けていました。もう子どもを持つことができないというショックで、何人かは落胆し、自殺を望むようにさえなりました。ETWは、そのような女性に卵管再疎通の機会を提供し、6人の女性がエイムズ総合病院で処置を受けて子どもが産めるようになりました。その費用はETWが負担しました。2008年10月現在、その6人の女性は全員出産し、そのうちの3人には双子が授かりました。

750万杯分の食事

津波に襲われた15分後に、ETWボランティアは村の避難者のために食事を用意し始めました。食事は村の2000人の避難者だけでなく、12カ所ある政府避難所にいる1万5000人の分も配給しました。同日、生米と食品を積んだトラック40台が被災地へ駆けつけ、その後4カ月以上の間、ETWは1万人分の食事を1日3回、救済センターとインドの西海岸の津波被災地の18カ所へ配給しました。ETWは、救済センターにとどまっていた子供たちに、学校に持って行くお弁当さえも支給しました。ケーララ州では、最初の15日間に3万キロの米を配給し、ボランティアが救済センターを引き揚げたその日にも、また別に2万キロの米を避難者に配給しました。

災害の翌日から、損害が広範囲に及んだインドの東海岸の犠牲者にも食事が配給されました。タミルナドゥ州のナガパティナムの救済センターでは、15キロの半径の範囲内に住む人たちへ、67万5000人分の食事が準備されて配給されました。タミルナドゥ州でも、ETWは185トンの生米と数トンの他の主食を配給しました。チェンナイでは、合計5万6000杯の食事が配給されました。アンマはナガパティナムへの訪問の際には、ご自身で6000袋の米を手渡しました。米と豆のような主食は、スリランカにも配られました。 その津波援助で、ETWはタミルナドゥ州とケーララ州とを合わせると750万食以上の食事を出しました

衣服・その他必需品

津波の被害にあった数日後も数週間後も、ETWは何千もの救済キットを被災者に配布しました。救済キットは、衣類、サンダル、睡眠用のマット、シーツといった日々の生活の必需品です。さらにETWは、インドで津波被災者に衣料品7万着と毛布3万枚を配りました。そのうえ、被災者の子供たちには、洋服屋が仕立てた真新しい服一式、1万着が提供されました。学生たちには1万冊の教科書、5000本のペン、コンパス、定規、辞書とノートを含むいろいろな文房具も配給されました。

津波公営団地‐6,200世帯

ETWの大津波救済プロジェクトの中心は、インドのケーララ州、タミルナドゥ州、そして、アンダマンとニコバル諸島、スリランカでの6200棟の家の建設でした。タミルナドゥ州そして、ケーララ州では、ETWは政府の基準に従って津波救済ハウスを完成させた初めての非政府組織でした。

2008年10月現在、すべての家は完成し、人々はそこで暮らし始めています。スリランカの家は、2007年に完成しました。大半の場所で、家だけでなく、道をつくり、井戸、学校、コミュニティホールとヘルスケア・センターを建設しました。ETWのそのような仕事に対して、当時のインドの大統領、A.P.J アブドゥル・カラム博士は、タミルナドゥ州の津波住宅建設地帯のうちの1つを訪問して、ケーララ州のETWの本部で住宅鍵配送式に参加することで賞賛の気持ちを表しました。se-key-distribution ceremony at ETW’s headquarters in Kerala.

心的外傷リハビリ

経済的損失に加えて、心的外傷はどんな災害の後にも発症します。早いうちに症状に気付いて治療を始めなければ、リハビリはさらに難しくなり、時には再起不能になります。ETWは、津波災害後2、3日以内に、被災者家族が精神科医や心理士、ソーシャルワーカーなどからの診察を受けられるようにしました。

多くの生存者は、特に自分の子供たちや愛する人が溺れるのを目撃した人々は、心的外傷後ストレス障害の徴候があります。芸術療法は、親を失うといった想像を絶する体験をしたことによって、悲しみと苦痛を訴える子供たちに役立つ精神的セラピーです。心的外傷は、それが確認された場合に限って対処することができます。カウンセラーは、子供たちや大人が悩みを打ち明けられるように、またそれらの痛みに対処できるように手助けをしました。

子供たちは治療の一部として絵を描くことを奨励されました、すると大勢の人が洪水に襲われた村と、何とかして助かりたいとココヤシの木にしがみついている人たちの絵を描きました。

ETWは、あらたに水恐怖症にかかった子供たちに、水泳の練習をさせました。このようなリハビリは、家族に自分たちの海辺の村へ戻る勇気を与えました。

子供のためのキャンプ

ETWは、ケーララ州のコラムとアラプッザの津波被災地で、子供たちのためにヨガ、英語とサンスクリット語を教える特別プログラムを開催しました。

2005年4月25~29日と5月22~24日に、1万人以上の女子と男子がこのコースを学習しました。この期間、およそ5000人が、アンマの僧院に滞在しました。

津波のために多くの子供たちが水恐怖症となりました。アンマは子供たちにこの恐怖症を克服させるために、アンマ自らが子供たちを僧院のプールへ連れて行きました。また子供たちは自分の才能を表現できる文化的なプログラムを実行する機会も与えられました。多くの子供たちにとっては文化的な教育を受けたのはこれが初めてでした。

職業訓練と雇用の機会

津波のあと、村の人々はアンマに、漁業だけに頼らないで生計を立てていく方法を教えてくれるよう頼みました。このことは、男性にとっては新しい職について学ぶことができること、女性にとっては新しく仕事を始めることで、経済の発展につながっていきました。

2500人以上が職業訓練を受けました。彼らの教育レベルに従い、教師、看護師、準医療活動アシスタント、電気技術者、警備員、ドライバー、石工士、大工と整備士になれるような職業訓練が行われました。訓練期間中、彼らには、食事、ユニフォームと宿泊設備などが無料で支給され、毎月の俸給も受け取ることができました。ETWは訓練終了後には各々の職探しも手伝いました。

ETWは、ケーララ州の津波被災者300人の女性に、無料で裁縫の授業とミシンを提供しました。卒業生は現在、縫製の仕事で1カ月約2000ルピーを得ています。似たような授業がタミナルドゥ州ナガパティナムでも行われています。

タミルナドゥ州ナガパティナムでは、ETWは24人の大学生の宿泊費を負担しました。またコンピュータ・トレーニングを200人に行い、学費(対象小学1年~高校3年まで)を750人に提供しました。英会話のクラスも無料で開講されました。家族が津波の被害にあった35人の子供たちも無料で教育を受けられ、そして、

ケーララ州のパーリパリのアンマの僧院が運営しているアムリタ・サンスクリット高校の寮で暮らすことができました。

漁民のための直接援助

100万ドルかけて、ETWは、津波でいろいろなものを失った村民に、エンジンとハンドル、プロペラとネットを完備した、合計700艘の釣り舟を提供しました。一艘につき7世帯が食べていくことができます。

2005年6月に、ETWの村衛星資源センターは、インドの宇宙探査機構と協力して、ナガパティナムの漁師に、GPSで最適な漁業場の情報を提供し始めました。

経済援助

ケーララ州では、ETWは、コラム、エルナクラム、アラプッザでの津波の被害を受けた地区に住んでいる1万6000世帯に、料理用具を購入するための35万500USドル相当を現金で支給しました。

すでにETWから毎月、財政援助受けている人にも、追加援助がなされました。ケーララ州とタミルナドゥ州の津波の被害を受けた多くの家族は、貧困の中で暮らしている10万人の人々に毎月の財政援助をするETWのプログラムに登録されました。

結婚式の補助

ETWは、ケーララ州、タミルナドゥ州とポンディッチェリで津波の影響を受けたカップルのために、何百もの結婚式を取り仕切りました。結婚式の飾り付けや衣装、そしてカップルの親類のために用意される伝統的な食事を含む全ての費用は、ETWから支給されました。タミルナドゥ州では、新婚カップルは新たに彼らの生活を始めるために必要な家具、料理用具、その他のさまざまなものを整えることができました。

避難橋建設

2006年12月20日に、インド大統領A.P.Jアブドゥル・カラム博士は、アラパド・パンチャヤットの半島をケーララ州本土とつなぐためにETWによって建設された橋の開通式典を執り行いました。アンマは、2005年初頭に2つの津波警報が出された時(これは結局誤報だったのですが)、避難のための船が過密状態になったのと、避難にあまりにも時間がかかり過ぎるのを見て、橋を建設することを決めたのでした。この橋は、アラパドで再び天災が起きた時、1万5000人が30分で避難できる集中避難ルートになります。わずか1年で完成したこの橋は、132万USドルでETWによって全て費用が賄われ建設されました。

グリーン・ショア・プロジェクト

このグリーン・ショア・プロジェクトの一環として、ETWは、嵐や将来の津波によって押し寄せる水への防壁となるよう、10万本のトキワギョリュウ(モクマオウ属の低木)の苗木をインド西海岸の津波被災地の浜辺に植えました。木は浜辺を土壌侵食からも保護します。およそ650人の村人がこのプロジェクトに参加しています。苗木はケーララ州の林業省によって提供され、ETWはボランティア人員と、苗木に給水するための貯水槽とパイプを提供しました。

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